bill

titleに意味はなし。

待ちわびた物だって届けば意外と普通の物。
届くまでの待ち時間が愛しく思えて。
よくよく考えれば、すべてが必要ないことなのかもしれないね。
生を受け、生きるために必要なものしか望まなかった生まれたあの瞬間から、多くの経験を経て、わがままを覚える。自分として、生きる意味を与えられるのか、みつけるのかはわからないが、とにかく人は生きる。生き続ける。身体が終わりだと告げるまでは。それが当たり前とされ、幸せという実態のないもののために努力する。よく言われる幸せなんていうものは、この世を上手く、甘く、回すために創り上げられた価値観でしかないわけだし、本当に価値のある幸せ(自分が幸せと感じられること)を見つけ出すことが、生きることの醍醐味なんだろう。きっとそうだ。考えることから逃げていてはいけない。考えなければ生きている意味はない。と、までは言い切るつもりもないし、僕には到底、無理なこと。ただね、人生を悟ったような顔をして、幸せに限界を作り、ある程度の幸せ(世間一般にいう幸せとされていること)を掴んで、「私は幸せです。」もしくは「俺は、こんなもんなんだ。これでいい。」とは思いたくないのよ。それこそわがままなんだろうけど、幸せだけには限界なんて作りたくないね、少なくとも今は。結局、人間はいつまでたっても結局のところ独りだし、そう考えている僕の思考すら、今までこうやって生きてきた僕の脳がそう思考するだけのもの。なんかそう考えると暗くなる。でも、それ以上にやっぱり生きていて、生きていると感じることがあるという事実がうれしい。最近、僕を動かす原動力になるのは、感情。自分の感情はたぶん、100%を誰かに伝えるなんてことは到底無理な話だし、伝える人によっても、受け取り方も違うし、その相手の体調ひとつでさえも違えばまた違う受け取り方をきっとするでしょう。そんな毎日のひとつひとつのタイミングが今日もこの世の中を動かし続けているし、僕が今、こうして大学のパソコンでこの文章を打つことだって、昨日の晩は想像もつかなかったことだし。僕は思う。毎日のあらゆるところにいろんなチャンスが転がっていること。今日、大学ですれ違った友人と会話したあの瞬間から、はたまた一緒に昼食をとったsuckのあの一言が、もしかしたら僕の人生を大幅に変えることになるのかもしれないし、ならないかもしれない。それは、先のことで、誰にもわからないし、わかろうとしてもわかるもんでもないし、考えないほうがマシなことなんだろうけど、毎日の積み重ね、細かくいえば、一秒の積み重ねが、また明日を無事にむかえることに繋がるからね。人間は、思考停止してしまう瞬間が一番怖いことだと思う。考えることに、時に億劫になるけれど、考えること、そしてそれを行動に移すことがやっぱり楽しいから。かといって、テレビ見ながらボーっとする瞬間も、掃除機をかけてる瞬間も、はたまたたとえば好きなあの子のことを考える瞬間も、やっぱり僕にとっては愛しい瞬間なわけで。友人からの電話も僕には嬉しい限りで、そういった予想もしない重なりが、どんどん僕をまた作っていってくれるのだから。人間は孤独だけど、孤独じゃないし、やっぱり独りでは生きていけない。まして、独りで生きていこうなんてそんな大層なことも言うつもりもなけりゃ、僕は独りで生きていたくない。だってさみしいもん。だからといって、人に依存するのもなんか違う気もするんだけど、なんだかんだいって依存してしまうのが人間なんだろうし、それが僕なんだろう。という思考をグルグルループさせるのも僕のひとつの楽しみだし、答えがない(少なくとも僕はそう思っている)ことを考えることはやっぱり楽しい。これでもか、これでもかって脳を刺激したい。Sなの?Mなの?そんなんどっちだっていいんだけど。とにもかくにも今日は良い天気です。それすら幸せに(笑)感じることのできる今日の僕の体調は万全ではないけれども、ボチボチですかね。元気に生きています。不覚にも、昨日、実家に帰って物思いにふけってしまった僕でした。
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by super_masaharu | 2008-10-20 14:51 | THINK
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